学ぶ心さえあれば、万物は師となる【座右の銘】

HYOGA

「学ぶ心さえあれば、万物は師となる。」

私は、この言葉を座右の銘にしている。

別に、何からでも無理やり教訓を見つけろと言いたいわけじゃない。
嫌いなものを好きになれという話でもない。

ただ、目の前にあるものを「つまらない」「くだらない」「自分には関係ない」と決めつけて、そこで思考を止めたくない。

人からは、その人の考え方を学べる。
自分と意見が違う人からなら、自分にはなかった視点を学べる。

失敗からは、自分の未熟さや、次に変えるべきことを学べる。
成功からは、何がうまくいったのかを学べる。

嫌いなものからだって学べる。
「なぜ自分はこれが嫌いなんだろう」と考えれば、自分自身について何か分かるかもしれない。

子どもから学ぶこともある。
年下から学ぶこともある。
素人から学ぶこともある。
自分がすでに知っていると思っていたことからだって、まだ知らないことが出てくる。

だから私は、「知らない」ということを恥じるより、「じゃあ知ろう」と思いたい。

「つまらない」と感じたなら、そこで終わるのではなく、
「なぜ私はつまらないと感じているんだ?」と考えてみたい。

「無理だ」と思ったなら、
「本当に全部が無理なのか? 何ならできる?」と考えたい。

「この人は苦手だ」と思ったなら、
「それでも、この人から何か一つ学べるとしたら何だろう?」と考えたい。

そうやって世界を見ていると、毎日が少し違って見えてくる。

道端のもの。
何気ない会話。
本。
映画。
仕事。
失敗。
偶然。
自分自身。

どこにだって、何かを教えてくれるものがある。

つまらない、面白くないと思ってしまう時はあるが、

世界がつまらないのではなく、
自分が見つけられていないだけかもしれない。

世界に面白いものがないのではなく、
自分の感受性が鈍っているだけかもしれない。

だから、学び続けたい。

知りたい。
考えたい。
試したい。
失敗したい。
そして、またそこから何かを拾いたい。

学ぶ心さえあれば、万物は師となる。

私にとってこれは、勉強のための言葉じゃない。

世界に対する、自分の姿勢を決める言葉だ。

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